大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)2821号 判決 1966年6月14日

原告 浪速冷凍機工業株式会社

右代表者 松浦幸作

右訴訟代理人弁護士 西村日吉麿

同 水島林

被告 羽田岡造

右訴訟代理人弁護士 豊蔵利忠

同 平山成信

同 赤松進

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、別紙目録表示1ないし3のとおりの記載がある約束手形各一通を所持しており、被告は、これらの手形を振り出したものである。ところで、右各手形はいずれも被告が昭和三六年七月六日原告に請け負わした、スタンド丘という被告店舗の冷房装置設営工事の報酬金八九〇、〇〇〇円の一部支払のため振り出されたものであるが、右報酬金のうち少なくとも六一九、六二〇円はすでに被告から原告に対し支払済であり、右支払金のうちの五九、六二〇円は、別紙目録表示1の手形金の一部にあたるものである。

以上の事実は、当事者間に争を見なかった。

原告は昭和三九年六月二九日被告に送達された訴状に基き右1の約束手形金の残額、2および3の各約束手形金ならびに以上に対する訴状送達の日の翌日からの商法所定率による遅延損害金の請求として、

「被告は、原告に対し、金二七〇、三八〇円ならびに、これに対する昭和三九年六月三〇日から支払済に至るまで年六分の率による金員を支払え。」

との判決、ならびに仮執行の宣言を求める旨申し立て(当初の訴の一部を取下)次のとおり述べた。

「別紙目録表示3の約束手形には、満期が『昭和三六年五月一五日』と記載されているが、これは、『昭和三七年五月一五日』の誤記である。」

被告は、次のとおり述べた。

「前示原、被告間の冷房装置設営工事請負契約においては冷房用機械中のクーリング・タワーは必らずダイキン製のものを使用することになっていた。しかるに、原告は、被告の開店後一箇月も経過した昭和三六年八月一九日に至り、右約旨に反し、原告方自家製のクーリング・タワーを搬入して来た。被告はすでに開店後のことでもあるので、不本意ながらその設置に同意したのであるが、原告は、被告が原告の使用人吉村敬一郎の指図に従い五五、〇〇〇円もの費用を投じてなした配電配管工事では、クーリング・タワーの使用が不可能であると主張し、手直し工事の費用として八〇、〇〇〇円の追加支払を要求して来た。そこで被告は原告に対し、右追加支払を拒絶し、クーリング・タワーは、不要であるから持ち帰るよう申し入れたところ、原告も昭和三七年八月頃に至り、その引き揚げに同意した。右の次第で、原、被告間の請負契約は、クーリング・タワーの設置にかかる部につき合意解約されたものと認めなければならない。そして、右クーリング・タワーとその設置費用の価額は二七〇、〇〇〇円であるから、被告はその額だけ、請負代金、したがって本件手形金債務を免れたものと認むべきである。

もっとも、被告は原告がクーリング・タワーを引き取りに来た際、その引渡を拒んだことがある、それは右請負契約の解除前すでに被告から報酬金六五九、六二〇円を支払済であったので、これにクーリング・タワー代金二七〇、〇〇〇円を加算すると、約定報酬金を三九、六二〇円上廻ることになり、他にも被告の出費があって原告に対し概算一〇〇、〇〇〇円の債権を有していたので、留置権を行使したといういきさつである。」

原告は、被告の右主張に対し、次のとおり答えた。

「被告主張の合意解除の事実は、これを否認する。原告がクーリング・タワーの引き取りに赴いた事実はあるが、それは被告が請負代金の支払をしなかったからである。」

証拠≪省略≫

理由

原告の請求は、理由がない。

原告が、別紙目録表示1ないし3のとおりの記載の約束手形各一通を所持していること、被告が、これらの手形を振り出したこと、右1の約束手形金のうち五九、六二〇円が支払済であることはいずれも当事者間に争がない。

以上の事実によれば、被告は格別の抗弁事由がない限り、原告に対し、別紙目録表示1の約束手形金から前示支払済額を差し引いた残額および同目録表示2の約束手形金の合算額金一〇〇、三八〇円、ならびに、これに対する訴状送達の日の翌日から商法所定率による遅延損害金を支払う義務を免れぬものである。

しかし、原告の別紙目録表示3の約束手形金とこれに対する附帯の遅延損害金の請求は法律上理由がない。けだし右証券の記載によれば振出日が昭和三六年八月一四日であるのに満期がそれより前の同年五月一五日となっているというのであるが、このような手形の呈示や支払が不可能の日を満期として記載した手形は無効といわなければならないからである。原告は右手形の満期は本来「昭和三七年五月一五日」とあるべきを誤記したものであると主張しているが、かりに右主張事実が真実であるとしても、こうした手形面にあらわれぬ事情を加えて手形の記載内容ないし手形行為を解釈することは手形の文言証券たる性質上もとより許さるべきでない。よって右証券が有効な約束手形であることを前提とした原告の右請求部分は、まず失当であるといわなければならない。

よって、以下別紙目録表示1および2の各約束手形にかかる原告の請求に限定し、これに対する被告の抗弁について判断する。

これらの約束手形がいずれも、被告が昭和三六年七月六日原告に請け負わしたスタンド丘という被告方店舗の冷房装置設営工事の報酬金八九〇、〇〇〇円の一部支払のため振り出されたものであること、右報酬金のうち少なくとも六一九、六二〇円がすでに被告から原告に対し支払済であり、右支払金のうち五九、六二〇円が別紙目録表示1の手形金の一部にあたることは当事者間に争がない。ところで証人羽田博子、同寺村敬一郎および被告代表者羽田岡造本人の各供述によれば右請負工事の過程において原告は冷房用機械の一部として原告方自家製のクーリング・タワーを被告方店舗に搬入したが、被告は、これが契約物件と異なると抗議を申し入れ、さらに原告においてクーリング・タワー設置のためには配線、配管工事の手直しが必要であるとて、そのための費用として若干の割増支払を求めたのに、被告としてはもとの配線、配管工事がそもそも原告の指図に従ってなされたものであるとて、右の割増支払の要求を却けたようなことがあり、結局クーリング・タワーは、もとの搬入物件が使用されぬまま被告に放置されている現状であるが、被告はクーリング・タワーが不要であるから、原告において引き取ってもらいたいと申し入れたところ、原告もこれを諒承し、昭和三九年四月頃には現実にその引き取りに赴いたこと、右クーリング・タワーおよびその設置費用の額は、少なくとも原告の請求にかかる別紙目録表示1の約束手形金の未払残額および同2の約束手形金の合算額一〇〇、三八〇円を上廻ることが認められる。以上の事実によれば、原告の請求にかかる右二通の約束手形金債権は、その原因関係をなす請負契約が当事者間の合意をもって解約された結果、不存在に帰したというべきであり、この点の被告の抗弁は、理由があることに帰着する。

してみれば、右二通の約束手形にかかる原告の請求も、失当であるといわなければならない。

よって、原告の請求を全部棄却することとし、なお訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 戸根住夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例